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ここだけの話、鮫小紋はもうつくれません!

ケイスケの文様百科、今回は鮫小紋です。

江戸小紋の一種。 
細かい霰地の文様のように染めた小紋のことで、細かい丸文が、鮫の皮のように、全面に細かい点をすきまなく染め抜いた、鮫皮状の文様です。
整然と並んだものを行儀鮫、そうでないのを乱れ鮫といいます。  
江戸時代、各大名が裃につけた小紋を定小紋といい、鮫小紋は島津家の定小紋でした。
極鮫小紋は紀州徳川家の定小紋です。
現在はきものに染められて、人気ですね😁🎶 
左下のpicは、シャレの鮫小紋😜 
沢山の鮫が泳いで、鮫小紋…😜

鮫小紋を着れたのは紀州藩の武士だけ 

鮫小紋、好きな方多いですよね!


しかし、江戸時代はとある藩の武士しか身につけることができませんでした。

各藩によって、定文様というものがあり、鮫小紋は紀州藩、菊菱は加賀藩などそれぞれで使える文様が決まっていたんです。 


江戸小紋が発達したのは江戸時代 

江戸小紋と聞くと、細かいイメージがあるかと思います。 

なぜ細かいのか。

そこには江戸時代ならではの理由がありました。


江戸時代、参勤交代など、各藩に対する幕府の締め付けが強い時代。

ちょっと贅沢しようもんなら、目をつけられてしまいます。

でもちょっとぐらいオシャレしたいですよね!

なら、見えないところでオシャレすればええやん!

細かく染めた裃を着て、隠れオシャレしよっ!

的な発想です。


江戸小紋は遠目で見ると、無地。 

しかし、近くに寄ると、文様が見えてきます。 

その性質を生かし、一見、贅沢していないように見える、贅沢な裃を作ったんです。  

それがエスカレートしていき、各藩が競って、細かい型紙、染めを好んだため、ここまで発達しました。 


鮫小紋はもう作れません 

そうなんです。 作れません。 

というのも、鮫小紋はとある家系の型紙職人が専門としていた文様。 

ただ、その家系はもうなく、新しく鮫小紋を作るノウハウもなくなってしまいました。


もちろん、今ある鮫小紋をコピーすることは可能です。

しかし、少し波を大きくしたり、円を大きくしたりというのはできません。

ということなので、お持ちの鮫小紋、大切にしてくださいね!